問題

戦争が無くならない理由は人によって「正義」の定義が違うから

「何故、人類は戦争を繰り返すのか」「世界平和には何が必要か」「戦争は絶対に無くならない」「話し合いで解決すれば戦争は起きない」

「戦争」「平和」については、様々な議論が繰り広げられていますよね。

しかし、この議論そのものが「戦争」の種でもあるのです。

今回は、人類のテーマの中で最も難しいものの一つである「戦争」「平和」について、考えていきましょう。

平和を求める限り戦争は無くならない

まず結論から言うと、「平和」を求める限り「戦争」は無くなりません。

がが
がが
え?そうなの?平和な世の中にするために戦争をなくすんだよね。平和を求めるから戦争が無くならないって矛盾してない?

やーぎ
やーぎ
そう思うかもしれないけど、平和と戦争は、対義語ではないんだよ。それに立場によって定義が変わるのが、この問題の重要なポイントだよ。

そうなんです。

平和と戦争は対義語ではありませんし、「戦争が起きている=平和じゃない」、でも、「戦争は起きていない=平和」というわけでもありません。

根本的な言葉の定義だけが問題点ではありません。いろんなところに、戦争が起きてしまう理由はあります。

色々と考えていきましょう。

思考実験から考える話し合いが無駄になる理由

まずは、「話し合いで解決すれば、戦争は起きない」という理論について、考えてみます。

思考実験の中に面白いものがあります。

【思考実験】箱の中のカブトムシ

オーストリアの哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの有名な思考実験である「箱の中のカブトムシ」というのを聞いたことがあるでしょうか。

二人の人物がいたとします。

その二人は、外からは中身の見えない箱をそれぞれ持っています。そして、二人はお互いに、このように言うのです。

がが
がが
この箱の中にはカブトムシが入っています。

やーぎ
やーぎ
この箱の中にもカブトムシが入っています。

しかし、それぞれは相手の箱の中に何が入っているか知りません。

これだけだと、何を言いたいかわからないですね。もう少し掘り下げてみましょう。

ががは箱の中に「カエル」を入れていて、やーぎは箱の中に「ヒヨコ」を入れていたとします。

でも、ががもやーぎも自分の箱の中身は「カブトムシ」だと思っています。

つまり、ががは「カエル」を「カブトムシ」だと思っていますし、やーぎは「ヒヨコ」を「カブトムシ」だと思っているんです。

しかし、それでも会話自体は成立してしまうんです。面白いですよね。

物事の定義や意味が異なると会話の意味が無くなる

この思考実験では、「会話の中の共通言語の定義や意味が異なると、会話の意味が無くなる」ということを表しています。

つまり、一言で表される「平和」ですが、定義や意味の違う「平和」がたくさん存在すると考えてください。

人によって「平和」の定義が違う

ある人は「世界中の人々が富を平等に分配されていること」が「平和」だと思っているかもしれませんし、

「犯罪が起きないこと」を「平和」だと思っている人もいます。

そして中には「自分の国」や「自分の家族」が平穏に暮らせることを「平和」だと思うかもしれません。

ここに戦争の種があるのです。

もし、「自分の国が平穏になる為には他の国と戦争する必要がある」としたら、戦争になるんです。

「戦争する必要があることなんてない」と思いますか?もし、何処かの国が侵略してきたらどうですか?

侵略された結果、「自分の国が平穏になる」という目的が果たせなくなってしまいます。

そんなとき、どのような対応を取るでしょうか。

これが、一番簡単な戦争が起きる原因です。

正義と対立するのは、別の正義

がが
がが
ん?正義の反対は悪じゃないの?

やーぎ
やーぎ
善の反対は悪だけど、正義の反対はそうじゃないんだよね。正義の反対は、また別の正義なんだよ。

難しいかもしれませんが、先ほどの「平和」の定義と似ています。

たとえば、LGBTの記事でも書いていますが、キリスト教の中では「同性愛」は罪になります。

LGBTの記事はこちら

同棲婚が日本で認められない理由は?LGBT(セクシャルマイノリティ)の問題点世界的にLGBTを公表する人も増え、認知度も上がってきていますよね。 しかし日本では現在、同棲婚が認められていません。そこには、どんな...

これは、キリスト教での「正義」です。

では、同性愛を認める立場から見るとこの「正義」はどう見えるでしょうか。

「悪」ですか?そうではないですよね。

では、キリスト教の過激派が「同性愛者を認める国を断罪すべき」と言って攻撃を始めたとします。

その時、同性愛者を認める国はどうしますか?当然、戦うでしょう。

何もせずに侵略・虐殺されてしまっては、同棲愛者を認められなくなってしまいます。

これは、どちらが正しいという話ではありません。

どちらにも譲れない「正義」というのが存在するという話です。

自分の主張が通らないからといって、戦争はおかしい

「別に自分の主張が通らないからといって、戦争することないじゃないか」と思う人もいるかもしれません。

ただし、この理論は必ず破綻します。

この理論は「どのような意見でも認めよう」といった根底に繋がるからです。

この理論に基づくと「主張が通らないから戦争を起こす人」も認めることになってしまうんです。

そうなると、侵略・虐殺を受け入れることになります。

侵略・虐殺を受け入れられない

もし侵略・虐殺を受け入れないとしたら、「主張が通らないから戦争を起こす人」を認めないという「正義」が誕生します。

つまり、「主張が通らないから戦争を起こす人」と対立する構図が出来るわけです。

侵略・虐殺を受け入れる

では、逆に受け入れるケースを考えましょう。

戦争を起こす人が「侵略・虐殺を受け入れる人だけ」をターゲットに行動出来るでしょうか?

不可能ですよね。

それに、戦争を起こす人はそこまで対象を絞れるような正義を持っていないことも考えられます。

となると、受け入れるという主張を取ることによって、受け入れられない人も巻き込んでしまうのです。

果たしてそれは、あなたの正義に含まれるのでしょうか?

全ての人類とわかりあうことも無視することもできない

そうなんです。

全ての人類とわかりあえないからこそ、戦争になるんです。

では、無視をすればいいと思いますか?

目的が「戦争を無くすこと」であれば、虐殺されようが侵略されようが、無視すれば確かに「戦争」は起きません。

しかし、それは果たして「平和」と言えるのでしょうか?

もしそれを「平和」と呼べるのでしたら、戦争のない平和な世の中は実現します。

しかし、このようなちぐはぐな状況を、どのように全ての人類に認めさせるのでしょうか?

そんな方法は存在しません。だからこそ、戦争が起きてしまうんです。

考える人が増えることで絶対数は減る

このように真面目に戦争について考えることで、戦争の絶対数は限りなく減っていきます。

何も考えずに「戦争は悪いもの」「平和は素晴らしい」と自分だけの固定概念に縛られていることこそ、戦争の火種になるのです。

何事も頭ごなしに否定するのではなく、まずは歩み寄ることが第一歩です。

ABOUT ME
やーぎ
大阪で高卒SEをしている20代後半の男です。 脱サラのためにブログを書いています。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA